【劇評】 演劇集団狐火和 第一回公演『しろい灰雨』

 

演劇集団狐火和(きつねびより)の旗揚げ公演。

この劇団は、身体表現を学んだ主催の石川大貴が、毎回役者を集めて公演を行うという団体。

今回の旗揚げには主に信州大学劇団山脈の団員が参加している。
舞台は暗幕で四角く囲まれ、3つの小さな白い造形物が置かれている。さらに白い布が一面散りばめられており、白と黒のコントラストが映える。

開始前にはBGMも無く、役者が薄暗がりの中で体をくねらせたり、奇声を出したりしている。

この状態のまま暗転、開演となる不穏な感じ。

雨乞いをする女たち、傘を売り歩く男。雨乞いはいつまでたっても雨を呼ばない。女たちは、やがて生贄を捧げるという行為にエスカレートする。そしてその生贄に男が選ばれる。

ぼんやりとした筋なのだが、はっきりとしたストーリーというわけではなく、いわゆる不条理劇の形態とも言うべき芝居。
身体表現をメインとする団体と言うことだが、意外にもダンサブルというわけではなく、セリフによる表現がメイン。この意外にもというところが今回の作品を表しているような感じを受けた。

また衣装も、体のラインを重視するものではなく、作品世界を表すような布を巻いたような、和装を崩したような感じ。

本作品の全体から受けたイメージは、ぼんやりとしてはっきりしないモノだった。しかし、何かを訴えたかったようにもとらえられる。

祈りと欲、あるいは愛と犠牲なのか?印象に残るいくつかのシーンはあるのだが、断片過ぎてはっきりしない。
表現そのものは先程書いたように身体表現に強く寄っているわけでもなく、かといってストーリーもはっきりしない。となると客の一人として、どこを中心に観れば、あるいは感じればいいのか迷う。

実はこの状態のまま1時間経ってしまった。もしかすると作・演出の石川自身の迷いが現れていたのだろうか?あるいは、その迷いこそがこの作品ということなのか?

役者は特にメインの主人公がいるわけではなく、女性5名と男性1名がそれぞれにセリフを語る。しかしそれぞれにちょっと癖があって全体に統一感が薄い。小劇場的な物言いをする役者がいると思えば、なにか語りのような役者もいる。

正直言ってもっとアングラ寄りなものを期待していたのだが、それとはちがって欧州の不条理劇のようだった。それと言うのも、そういう系統の芝居にありがちな印象的BGMが一切無いからだろうか?

この一作で劇団のカラーを断定できないが、やはりどっちつかずの印象は否めない。身体表現ということならもっとセリフを刈り込んでみてもよかっただろうし、一層イメージだけを追うような舞踏に近づいてもいいと思った。しかしなかなかこのような芝居をやるグループが昨今見当たらなくなってきているので今後の活動に期待したい。

 

 

(ピカデリーホール客席より)

 

【作品名】演劇集団狐火和 第一回公演「しろい灰雨」

【上演日】2016年12月18日・19日 ピカデリーホール

【作・演出】石川大貴

【キャスト】鈴木瑠璃夏、伊藤江美、吉野貴哲、永井彩音、山口菜々、原菜々美

【上演時間】約60分
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